※この記事では、家族との日常の中で感じた成長や想いを綴っています。
大学1年生の夏、息子は3週間くらい帰ってきた。帰ってきたのは嬉しかったけど、大学に戻って行った時は、やれやれという気持ちだった。
少しずつ、帰省する期間が短くなっていき、今年の夏はどうするのか、と聞いたら
帰るつもりなかったけど、何かあるの。と
特に何もないよ。
と答えたけど、本当は少しは帰ってきてほしかった。
四国で過ごす最後の夏休み。きっと、友達と楽しく過ごしたり、卒論や魚の世話もあるのだろう。
頭ではわかっているし、そうかと言って、もし春からうちに戻ってきて一緒に生活する、と言われたら少しめんどくさい。と思う自分も感じてる。
たぶん私は、息子が私を頼らなくなっていくことが、少し心細いのだと思う。
自分でも苦笑いしてしまうくらいに、矛盾したこの気持ちと、しばらくは付き合いたいと思っている。
4年前の春に、息子を送り出した時よりも、今の方が寂しい。
誰からも頼られなくなることは、自由だけど、不要になった気がして。
そんなことを考えていたら、ふとブッダの教えを思い出した。
すべては「無常」である、ということ。
この世のすべてのことは、ずっと同じではなくて、変化し続けるもの。
それに執着すれば、悩みとなる。
私は母親として、一生懸命子どもを育ててきた。とても大変で、自分の時間が取れなくて、嫌になる時もあった。
そんな忙しい日々がずっと続くのだと思ってうんざりしていたけれど、いつの間にか、そんな日々も過ぎていった。
手はかからなくなったけど、まだ支えは必要なのだ、と思ってきた。
でも、私の支えがなくても自分の足で立って、歩けるようになっている息子を見て、嬉しさと寂しさの矛盾を抱える自分がいる。
これから、私たち親子の関係は、薄まるのでもなく、なくなるのでもなく、だけど、今と同じ状態からは変化して、新しい関係が生まれていくだろう。
わかってはいる。
けれど、少し心が追いつかなくて、「先輩お母さん」の母に電話をした。
母は、
「そうよ。そうやって、帰ってこなくなるのよ。男の子は特にね。」
と言ったあと、子どもができたら、帰ってくるわよ。昨日の日曜だって、大騒ぎで疲れちゃったんだから。と笑っていた。
弟が夏休みに入った子どもたちを連れて、さっそく実家に遊びに来て、大騒ぎでお昼を食べたり、ゲームをしたりと忙しかったそうで。
暑いから、体に気をつけて。ありがとう。
静かに電話を終えて、キッチンカウンターで寝そべって、コチラを見ている愛猫ごま助を見た。
迷惑そうな顔をしながら、30秒だけ、じっと抱っこに耐えてくれた。
ありがとね。
今が本当の子離れの試練なのかもしれないと思ってる。
だから、急いで克服しようとしないで、この矛盾した人間らしい煩悩と、少し向き合っていようか、と思う。
凧のように飛んでいる息子が、その糸を解いて、自分の力で大空に飛び立つ瞬間が目の前に迫っている。
帰ってこなくなる、きっと。
そこに待っているのは、清々しい気持ちだろうか。
それとも、寂しさだろうか。
今はまだ、わからない。
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