降り積もる愛着

※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。

探し物をしていて、古いファイルに懐かしい息子の文章を見つけました。

小学2年生の時に書いた、校内コンサートの感想文です。

”コンサートの時、声をおもいっきりだしました。ママがよろこんでくれました。

とてもうれしかったです。”

踊るような大きな文字で書いてありました。

本人は、覚えていないかもしれないな…

お母さんが来てくれているか、不安そうな顔で探して、見つけると舞台から小さく手を振ってにっこりと笑っていました。

幼い子どもにとって、親の存在と影響力は、計り知れないものだと思います。幼児の頃は、母親がトイレに行って視界からいなくなるだけで、泣いてついてきたものです。

そばにいることで安心を感じていた幼児期、そして、成長して離れることができるようになっても、心は深く繋がっている。

お母さんが嬉しいと嬉しい。悲しそうだと、悲しくなる。

自分が一生懸命、頑張っていることを見てもらって、喜んでくれた。それが、自分の喜びと、自信に繋がっていたのでしょう。

今、愛着障害を持つ子どもたちを看る側に立って、この小さな感想文を読むと、しみじみと

こういう小さな、忘れてしまうような出来事の積み重ねが愛着を育てていくんだな。と感じます。

自分の存在に自信を持つことができて、愛されていることを実感する体験。

私は子どもたちを一生懸命に育ててきたけれど、これといって特別なものを与えたことはなかったと思っていました。

でも。こうして振り返ってみると、成長を見つめ、話を聞き、一緒に喜んだり、驚いたりする毎日が、子どもたちの心の栄養分として降り積もっていったんだな、と今は思います。

そんな小さな積み重ねが自分を大切にすることや、自信を持って自分の人生を歩んでいける原動力になっていくのかもしれない。

そう思ったら、改めて、人が人を育てることの難しさや尊さを感じた。

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