※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。
私は昔から考えすぎるところがある。
石橋を叩いて渡るタイプなのはいいけれど、叩いて叩いて、壊しかねない。
気楽におひとりさまを満喫しているように見えるが、その実、開き直っているわけでもない。
なんとも厄介。
職場の友達、ちかちゃんには驚かされることばかり。
彼女は私とは正反対で、気になったものがあったらとりあえず、やってみてからというタイプ。
私はこういったタイプの友人がどうも好きらしい。眩しいからだと思う。
単身生活が寂しい、と娘夫婦と一緒に住み始めた数年前。
「やっぱさぁ、実の親子だし、ぶつかることもあるんだよねー、気楽だけど、お互いに言い合っちゃって。」
と人の気配がある生活は、温かいのだけど、その分、孫の世話を頼まれたり、小さな軋轢があったりとそれなりに窮屈な部分もあるらしい。
シニア向けのマッチングアプリが流行り出した頃。
彼女は、モノは試しにと、マッチングでパートナーを探し始めた。
ええ!あれって、どんな人が来るかもわからないし、2人で会うなんて、怖い…とか、
私は、行動しようともしていないくせに、頭の中ではすでに悩んでいる。
「あー、昨日の人なんか、全然面白くない人だった。」
とか
「変な人、来ちゃってさぁー。どうしようかと思った。」
とか失敗談が続いていたのだが。
何度となく失敗を繰り返し、とうとう、「自分を想ってくれる人」と出会って同棲し始めたのだった。
すごい、私には到底できないわ。と思った。そして、その勇気ある行動力が羨ましい。と思った。
そのうち、結婚するんだ、なんて言っていたのだけど、数年経った今では、洗濯物の干し方がむかつく、とか飼い犬のオムツを替えてなかった、とか、小さな鬱憤が溜まってきているらしい。
この頃は、別れてもいいかなって思ってる、と笑っている。
まずはやってみて、案外つまんなかった、というのと、私のように頭の中で試して、やっぱりやめておこうと行動しないのは、表面上、同じ「おひとりさま」でも全然違う。
だけど、彼女の真似はできないのだ。
だからこそ、羨望のまなざしで彼女を見つめ、次の行動を楽しく拝見、拝聴しているわけで…
彼女はまた、新しい仕事に向かって邁進している。私より少しお姉さんの彼女は、キラキラと輝いている。
家に帰ってきて、定年まであと8年かぁ。働き続けることはできるけど、体力が持つかな、資金はどうかな、と考え始めたら不安になってきた。
いつもの「看護学校の戦友」リョウくんに電話した。
彼はこれからのライフプランを明確に持っている。60歳になる前には退職して楽しく生活するためには、どうしたらいいか、どのくらいの資産が必要か、を冷静に計算してそれに向かって生活をしているのだと言う。
あいちゃんは、どのくらいあれば楽しく生活できると思うの?
そう聞かれて、即答できない自分。
「まず、こうなりたいって目標を決めて、そこから逆算していけば、今やるべきことが見えてくるよ。大丈夫、まだ時間はあるよ。もっと気楽にやっていけるんだよ。俺たちには、いろんな選択肢があるよ。」
これは単なる励ましとか、夢物語ではない。これからの人生をどう設計していくか、そして、今やるべきことは何なのか。
もっと、視野を広く持って、興味があるものには挑戦していくフロンティア精神を持ち続けること。
選択肢をたくさん用意しておけること。
リョウくんとの電話で、私に必要なものが見えてきて、不安が消し飛んで勇気が湧いてきた。
「ありがとう!私、頑張ってみるよ。」
「うん。あいちゃん、気楽にね。」
私は1人で住んでいるけれど、孤独じゃないんだ。こうして、緩やかにいろんな人に支えられて、刺激をもらって生きているんだ。
そう思えた夜でした。
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→ 息子から「自分も選ぶ側なんだ」という視点をもらったお話です。☺️

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