※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。
私は、団塊ジュニアに近い年齢で、とにかく人数が多い。
受験戦争、就職難、とにかく「選ばれるため」の活動が多かったと思う。
受験するときは、傾向と対策を考える。就職するときは、相手の意図を考える。
それが、当たり前だと思ってきた。しかし。
息子の就活を見ていて、驚いたことがある。
最終面接で、君は東京勤務を希望しているけど、もし、他の地方に任命されるとしたらどう?と面接官に訊かれて
僕は東京勤務を希望しているので、それなら自分に合うところを探しなおします。
と言ったというのだ。
ええ!本当にそんなことを言ったの?だって、本命に近い会社じゃない、入りたいところでしょう?
そうだよ。
息子はサラッとそう言った。
嘘・・・。そんなことを最終面接で言って、落選したらどうするのだ。
心底、変わっていると思ったし、びっくりしたのだが、結果は採用だった。
彼女との付き合い方についても、
最初は、いろいろあったけど、すり合わせの時期は終わったと思う。考え方もわかったし、悪いところもお互いあるし。でも、話し合って仲直りできるようになってきたから。
と言っていた。
つまり、相手に自分を合わせる、というよりは、自分の希望を伝えて、相手の希望とすり合わせをして、合わなければ違う道を選ぶこともあるし、違うところがあっても許容できる範囲であれば、妥協点を見出していく。
とてもフェアな関係だ、と思った。
選ぶ側、選ばれる側、ではなくて、お互いに選ぶ側に立っている。
本来は、こういうものなんだ、就活って。人生を選ぶって。
この歳にして、新しい視点を得た気がした。遅いかもしれないけど。
とても新鮮で、清々しいものを感じた。
私は「おひとり様」が板についてきたと思ってはいるけど、完全に割り切ってるわけじゃない。
たまに、今はいいけど、後で寂しくならないかしら、やっぱり友達が言うように、今から探しておいた方がいいかしら、って揺れることもある。
10年後より、今の方が若いから、選択肢も増える、というわけで。
今回の視点から見ると、選ばれたい、じゃなくて、その時の自分が、必要だと思った人が現れたら、選ぼうとすればいいじゃないか、と思うようになった。
数年前、横浜の占いで「あなたは61歳で嫁に行くかも」と言われたことがある。
ちなみに、これは私の鉄板ネタであるが、もしかしたら?もあるかもね♪と思う方が、未来は楽しい。
もし、そんなことになったら、病棟の談話室で挙式して、患者さんと乾いた残りご飯のライスシャワーを降らせてあげる!って同僚と盛り上がる時が一番幸せ。
あわせて読みたい🌱
→ 「選ばれたい」「誰かを探した方がいいのかな」と考えていた頃の自分。
→ 一人の時間の豊かさと、それでも誰かと分かち合いたい気持ち。
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