📖精神科病棟で看護師として働く中での気づきや学びを、個人や施設が特定されないよう十分に配慮しながら綴っています
※この記事では、看護の現場で出会った人や言葉を、窓辺で思い出すように綴ります。【癒しの窓辺シリーズ】
「私は短気だからね。」
こういうと、周りは「えぇ?そう?」と言う。
私は、普段の行動はのんびりしていて、運動音痴でもある。
だけど、生活していて不便だな、と思うと、ヤキモキしてなんとかしてやりたい、毎回イライラするのはごめんだ、と思う。
例えば、患者さんがティッシュをよく使う。すぐになくなる。
だから、ロールペーパーをテーブルに置いておくと、もったいない精神なのか、ゆっくりと引き出しては、丁寧に折りたたんで、また引き出して、を繰り返す。
ロールホルダーがある時は、外側から使えばいいけど、ないから支えながらゆっくりと引き出さなければならない。その様子を見ていて、
「・・・。なんとかならんか。」と思う、のは私だけらしい。
家に帰って、ロールペーパーホルダーを一晩で作って持っていった。
内側から引き出して使う方式で、どんどん引っ張ることができる。
職場の人は、器用だね!と褒めてくれるけど、根っこは「短気」から発している。
だけど、患者さんはそれでもどんどん引き出したりはしないのだけど(笑)支えて引っ張る、をしなくてもいい分、楽である。
(ちなみに、ロールペーパーホルダーはYouTubeを参考に作ってみました。便利だったので、気になる方はぜひ。👇記事の最後にご紹介)
さて、前置きが長くなったが、今でも学生時代の自分を思い出すと、短気であった。
わからないことは、すぐに答えを教えてもらいたい、先生なら当たり前に教えてくれるはずだ、と思っていた。
小学校から高校ぐらいまでは、学問というよりは、「勉強」であり、とにかく新しいことをどんどん覚える作業だったのかもしれない。
どうしてだろう?と考える暇なく、どんどん蓄積していかなければならない。眠くもなる。
看護学校に入って、先生が答えを教えてくれなくて、あなたはどう思うの?と質問で返されることに最初はイライラしていた。
どうして教えてくれないのだ、と。これは、以前の記事に書いています。
しかし、次第に「自分で考えること」そして、間違っていてもいいから「実践すること」を繰り返すことで伸びていけるのだということを知った。
看護技術でも、当たり前だと思われていた処置の方法が、看護研究によって今では全く真逆の方法になっていることもある。
精神看護をしていて、この「短気」を抑えて、傾聴する場面が結構ある。
患者さんが、どうしたらいいと思う?と答えを求めてくることが多い。悩んでいたり、つらかったりして、とにかく早く出口を見つけたい、と思うのは自然なことだろう。
こうしたらいいんじゃないの?
という言葉を飲み込む。
私の仕事は、答えを提案するのではなく、本人が考えることを促すこと、時に壁打ちの壁になったり、姿を映す鏡になったりしながら、自分の答えを探す手助けをすることだと、今は思っている。
たとえ、それでうまくいかなかったとしても、自分で編み出した方法だ、修正もできる。
どうしたらいい。と尋ねられた時、「どうしたらいいんだろうね。」と返す。それがわからないから悩んでいるのに!!と以前の私のように、イライラして、もういい!!と怒る人もいる。
一番困っているのは、どういうことかな?そこから考えてみようか。と道筋を整理して、歩みを合わせて考えを積み上げていく作業。
こちら側に立つと、先生たちの忍耐が身に沁みる。
待っていてくれたんだな、自分もイライラしただろうな。
リスカしてしまった、と落ち込む日、大声で泣いた日、自暴自棄になって離院してしまった日、甘えて抱きついてくる日・・・。
いろんな浮き沈みのある毎日を送りながら、その度に立ち止まって、しゃがんで一緒に考える。模範解答はない。
それでも本人を信じて見つめていくこと、それが私の大切な看護の源になっている。
おまけ🧸
記事の中で触れたロールペーパーホルダーは、こちらの動画を参考に作りました。
簡単なのに便利で、現場でも役立っています。
🌸このブログについて
私のブログでは、子育て卒業後の”自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
ぜひ、ほっと一息つきながらご覧になってくださいね。☕️🐾
🌱癒しの窓辺シリーズ
忙しい日々の中で、ふと立ち止まる窓辺の時間。病院で出会った人たち、看護の現場で感じたこと、心に残った言葉。
そんな出来事を、窓辺で静かに思い出すように綴っています。


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