精神科看護

エッセイ|記憶と時間

生きていくチカラ

病棟で起きた大騒動。その場にいなかった私は、「もし自分がそこにいたら」と考え続けていた。受け止めることと、伝えること。その両方を大切にしながら、患者さんに身につけてほしい「生きていくチカラ」とは何かを私なりに考えました。
家族の物語

人を知るということ

深夜のドライブで息子が語ってくれた彼女との話。相手を守ることと、相手の人生を背負うことは違う。恋愛の中に見えた「尊重」と「自己決定」の大切さに、私は精神科看護との共通点を感じていました。
エッセイ|記憶と時間

安心のキャッチボール

急性期病棟から慢性期病棟へ。愛着に傷を抱えた子どもたちは、私たち医療者を注意深く観察している。「大好きだよー!」と投げられた言葉の奥にあったものとは。精神科ナースとして感じた、安心と信頼の物語です。
家族の物語

カタチを変えて受け継がれていくもの|戦わない強さを、息子から教わった

私は人の尊厳に関わることには敏感で、間違っていると思うと真正面から向かってしまう。そんな価値観は、どうやら子どもたちにも受け継がれていたらしい。ただし、そのカタチはまったく違っていた。娘は信長タイプ。私は秀吉タイプ。そして息子は、しなる竹のような家康タイプだった。
エッセイ|記憶と時間

私たちは何を見ているのか|映画『怪物』を観て

映画『怪物』を観た。母親の視点、教師の視点、子どもたちの視点。同じ出来事のはずなのに、見える景色は全く違う。精神科看護にも通じる「真実とは何か」という問いについて考えさせられた作品だった。
エッセイ|記憶と時間

導くことは、待つことなのかもしれない|精神科ナースが考える看護

「どうしたらいいの?」と答えを求められた時、すぐに解決策を伝えたくなる。短気な私が、精神科看護の中で学んだ“待つこと”の意味。壁になり、鏡になりながら、一緒に考える看護について綴りました。
エッセイ|記憶と時間

乾いた心に注ぐ、たとえ満たされなくても

自傷を繰り返す患者さんとの関わりの中で、すぐには変わらない現実と向き合う日々。それでも言葉を注ぎ続けたいと思うのは、母として息子のアトピーに寄り添った時間があるからかもしれません。精神科看護の現場で感じた、小さな希望の記録。
エッセイ|記憶と時間

慢性期病棟に異動して感じたこと|精神科看護師の新しい日常

急性期病棟から慢性期病棟へ異動して3日。治療というより「ここで暮らす」患者さんたちの姿に触れながら、精神科看護の現場で感じたことを綴ります。
エッセイ|記憶と時間

癒しの窓辺シリーズ|看護の現場で出会った人たちと心に残る言葉

忙しい日々のなかで、ふと立ち止まる窓辺の時間。看護の現場で出会った人たちや心に残る言葉を綴ったエッセイをまとめました。
エッセイ|記憶と時間

温かい異動のエピソード|急性期から慢性期へ、私が受け取った看護のバトン

急性期から慢性期へ異動。6年間で受け取った笑顔と支え。惜しまれて旅立てる幸せと、看護の循環について綴りました。
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