※この記事では、看護の現場で出会った人や言葉を、窓辺で思い出すように綴ります。【癒しの窓辺シリーズ】
出勤すると、必ず最初に挨拶をする患者さんがいる。ゆいさん(仮名・20代)である。
職員の控室に行く前に通る、カウンターの前に毎日座り込んでいるから。
カウンターには職員が座っているので、なんとなくそばに来て話をするわけでもなくゲームをやっていたりする。
「あ!今日は日勤?おはよーう!」
と声をかけてくれることもあるし、俯いてゲームをしている時は、私からおはよう!と声をかける。
彼女もまた、家庭に問題を抱えている子どもの1人。
いつも明るく過ごしている、と思うと、急に表情が硬くなって、自傷してしまうこともある。そんなアップダウンの激しい毎日だから、退院しても社会に受け入れられないことがある。
病院でも目が離せない子である。今まで、自傷の回数は数え切れないし、その度に、陰性感情を募らせていく職員もいる。一生懸命だからこそ、がっかりしてしまうのだと思う。
調子が高い時は、キャッキャと一般の高校生みたいに大きな声で笑ったり、くっついてきたりする、ごく普通の女の子。
腕には無数のリストカットの痕がある。先日、新しい傷を作って
やっちゃったー。とナースステーションに来た。
自傷した時は、必要以上に反応しないように静かに処置をする。
そこにはいろんな理由があるのだけど、淡々と処置をして部屋に帰すのは違う、と私は思っている。
ゆいさんが元気な時に、自傷することについてストレートに尋ねたことがある。
「ねぇ、私さ、こうやってリスカする理由がわかんないんだけどさ。なんでやっちゃうの、痛くないの?」
「えぇー?痛いよ。」
「だよねぇ。嫌なことを思い出したりした時にやっちゃうの?」
「うーん。別にそういうわけじゃないかなぁ。気合いだー、もっといけるーってやっちゃうんだよねー、てか、そんなことわかんなくてもいいじゃん。」
「だめだよー、私プロとしてやってるんだから、わからないで仕事しちゃだめだと思ってるの。本読んでも、あんまりわからなくてさ。そうなんだね。むずかしいね。」
その時は、こんなふうに少しごまかして話をしていたけれど、心の奥にそういう衝動を起こさせるものが眠っているのだろう、とは想像できた。何がきっかけなのか、サインはあるのか、知りたかったけれど、その時はここで収めておいた。
「ねぇねぇ、これ、もう処置しなくていいかなぁ?」
当てていたガーゼを外して、腕を見せに来た。切り傷からは、まだ滲出液が出ている。
「だーめ、ちゃんと清潔にしないと、熱が出るよ。そうしたら、またこの間みたいに外出できなくなって、つまんなーいってなるでしょう?ちゃんとお風呂に入って、清潔にしてきて。そしたら処置するから。」
「はぁーい、めんどくさー!」
傷を見てほしくて、清潔にしろと少し叱ってほしくて、私のところに来るんだな、と感じる。この子が、何を求めているのか、心の奥が見える瞬間もある。
ちゃんと清潔にできたら、褒める。
そして、処置室で話を聞きながら、処置をする。それは、単なる傷の処置以上に必要な時間。
「あー、痛そう。これ、ずっとずっと、おばさんになるまでやろうと思ってるの?」
「もうそんなに痛くないよ。うーん、30歳くらいまでかなー。(この子にとって30歳は遠い未来なのだろう)」
「こういうの、痛いじゃない、あとも残っちゃうし、他に何か違う方法を考えた方がいいんじゃないの。」
「じゃあ、根性焼き。」
「だめ。」
そんなことを話しながら処置をして、終わると笑顔でありがとう、という。
先日は、傷がかゆい、どうにかして。と甘えてきたので、
「そりゃ、かゆいよ、体が治そうとしている証拠なんだから。生きてるからかゆいの!嫌だったら、もうやめさないよ。」
と少し突き放して笑いながらいうと、
「あ!そっか!しんだらかゆくないもんね!!」
なんか、違う、けど。
日勤が終わって、帰ろうと階段に向かうと、ゆいさんともう1人の女の子が走ってきて、大げさに笑って細かく手を振っているのが見えた。
彼女の心の奥には、私たち看護の手の届かない錘が沈んでいる。それを解放するのは、とても困難で、時に無力感を感じることもある。
でも、この一瞬の笑顔もまた、彼女の本当の姿。
私が、息子のアトピーとの闘いの中で、一進一退で何も変わらないと悩んでいた日々が重なる。
表面だけを見れば、彼女は自傷を繰り返していて、何も変わらないように見えるかもしれない。
でも、その乾いた心に、少しずつ、本当の心の言葉を注いでいきたい。
いつか、彼女が自分の人生を愛せるように、と願いながら。
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🌱癒しの窓辺シリーズ
忙しい日々の中で、ふと立ち止まる窓辺の時間。病院で出会った人たち、看護の現場で感じたこと、心に残った言葉。
そんな出来事を、窓辺で静かに思い出すように綴っています。



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