エッセイ|記憶と時間 看護師と「心の境界線」|患者さんの人生を背負わないということ 精神科看護では、「良かれと思って」が相手の人生を背負うことにつながる場合があります。患者さんの課題と自分の課題。その境界線について、ある出来事を通して考えたことを綴りました。 2026.07.28 エッセイ|記憶と時間看護のまなざし
エッセイ|記憶と時間 それは、なぜなの?|看護学校で教わった「根拠を考える」という習慣 看護師は何でも屋ではありません。でも、患者さんの思いや背景を考え、必要な援助を判断します。朝ドラをきっかけに思い出した、看護学校で教わった「それは、なぜなの?」という問いが、仕事だけでなく日常にも息づいていることを書きました。 2026.07.12 エッセイ|記憶と時間看護のまなざし看護学校体験記
家族の物語 希望のある貧乏 看護学生だった頃、親子で何年も言い合っていた合言葉があります。大学生になった息子とのLINEで、ふとその言葉を口にしたら、思わず笑ってしまう返事が返ってきました。 2026.07.10 家族の物語
エッセイ|記憶と時間 生きていくチカラ 病棟で起きた大騒動。その場にいなかった私は、「もし自分がそこにいたら」と考え続けていた。受け止めることと、伝えること。その両方を大切にしながら、患者さんに身につけてほしい「生きていくチカラ」とは何かを私なりに考えました。 2026.07.04 エッセイ|記憶と時間癒しの窓辺から
エッセイ|記憶と時間 幸せのハードル 夜勤明け翌日の休日。お菓子教室、本屋さん、アイスコーヒーとサンドイッチ。何気ない一日なのに、鼻歌が出るほど幸せだった。「自由」と「感謝」が教えてくれた、小さな幸せの見つけ方。 2026.06.26 エッセイ|記憶と時間私の大切な時間
家族の物語 カタチを変えて受け継がれていくもの|戦わない強さを、息子から教わった 私は人の尊厳に関わることには敏感で、間違っていると思うと真正面から向かってしまう。そんな価値観は、どうやら子どもたちにも受け継がれていたらしい。ただし、そのカタチはまったく違っていた。娘は信長タイプ。私は秀吉タイプ。そして息子は、しなる竹のような家康タイプだった。 2026.06.10 家族の物語
エッセイ|記憶と時間 50代で正看護師を目指す同僚へのエール 50代で正看護師を目指す同僚。いくつもの壁を越えながら、再び学びの道へ進む姿に、静かなエールを送りたくなりました。 2026.05.02 エッセイ|記憶と時間
看護学校体験記 広い看護の海で|看護計画がわからなかった私へ(今だからわかる看護の視点) 看護計画がわからず、眠れない夜を過ごした学生時代。広い海で貝殻を探すように悩んだ日々を振り返りながら、今だから伝えたい“患者さんを見る視点”について綴ります。 2026.04.29 看護学校体験記
エッセイ|記憶と時間 乾いた心に注ぐ、たとえ満たされなくても 自傷を繰り返す患者さんとの関わりの中で、すぐには変わらない現実と向き合う日々。それでも言葉を注ぎ続けたいと思うのは、母として息子のアトピーに寄り添った時間があるからかもしれません。精神科看護の現場で感じた、小さな希望の記録。 2026.04.27 エッセイ|記憶と時間癒しの窓辺から
家族の物語 息子ってかわいい、けど時々憎らしい 息子から「尊敬してるよ」と言われて嬉しく眠った夜。けれど次の電話では、また憎らしい一言が。かわいくて、腹が立って、それでもやっぱり愛しい。親子って不思議です。 2026.04.24 家族の物語