安心のキャッチボール

急性期病棟から慢性期へ異動して、早3ヶ月が経とうとしている。

大騒ぎしてスタッフの反応を見るとか、オーバードーズ(過量服薬)をして救急に運ばれた子とか、とにかく展開が急で激しい病棟から移ってきて、少しゆっくりできるかな、と思っていた。

異動して最初は、認知症のお年寄りたちの日常的なお世話が目立つ。起こして、オムツ変えて、お風呂入れて、ご飯食べさせて・・・。

大変だけど、精神的な疲れはあまり感じない。

だけど、その中に「愛着」に傷を抱えた若者がいる。

介護的な仕事がどうしても優先される環境の中で、子どもたちは、ナースとの時間が取れなかったり、取りにくかったりする。

本来なら一番、近くにいて、最初の信頼関係を結ぶべき親との間で、愛着を形成できない傷ついた子どもたち。

幼い子のように、素直に泣いたり、喚いたりできなくて、あるいは、そうしたけど受け入れてもらえなくて、心に穴が空いたまま、なんとか立っている。

わちゃわちゃと、一見、大騒ぎして過ごしている子どもたちを見ていると、

もう傷つきたくないから、大人を信じたくない、という気持ちと、やっぱり信じてみたい、という気持ちの両方が存在しているように感じる。

急性期のような激しさはないけど、心の中に重い錘が沈んでいる。

慢性期病棟に来て、この子どもたちのケアの方が大変だと感じることがある。

むしろ、感情をむき出しにしてくれたらいいのに、と思うこともある。

一見、物分かりが良くて、わかりました、と表情を変えないおとなしい子どもに見える。

でもそれは、自分を出すことを恐れているのだと思う。

この大人は、どんな反応を示すだろう。怒ったり、攻撃したりしてこないだろうか?

あるいは、嫌ったり、見捨てたりしないだろうか?

私たちはナースとして日々、子どもたちの表情や態度を観察しているけれど、子どもたちも私たち医療者を注意深く観察している。

表面上は、冗談を言い合っているように見えて、ちょこちょこと猫パンチを出し合っているような・・・笑

心の底で、自分を見てほしい、大切にしてほしいと思っている子どもたちの集まりだから、反応も敏感だ。

主治医が少しでも自分と違う待遇を他の子にした、と思えば大騒ぎする。

壁を蹴って、ドアを強く閉めて、大きな音を出して自分の部屋に戻っていくのを追いかけて行ってみると、泣いている。

「先生のこと、もう信じられない!!もう嫌だ!!」

うん。

私はそばに座って、しばらく言葉が出なかった。

「怒っているんじゃなくて、本当は、悲しかったんだよね?」

言葉をかけると、こくん。とうなづいた。

いつも、乾いているから、何かに強く縋ってしまう。

他の人には、そんなこと?って思うことでも、強く刺さってしまう。

「今は、気持ちが昂っているから、うまく言葉にできないと思う。でも、今回のことで、自分はどんなふうに感じて、悲しかったんだ、っていうことを、先生に伝えていいと思うよ。

だけど、今はね。無理に、自分の気持ちを整理しなくてもいいんじゃないかな。」

いつでも、話を聞くよ。と心のドアを開けておいた。

数日経って、私に甘えた声を出しながら、近づいてきた。

「ねぇーー、先生のこと、もう信じられないしさー、こんなふうになっちゃったから、もうダメだから、主治医変えてほしいぃぃ。」

「ダメになってないと思うよ。今までだって、いろいろあったでしょう、でも、ダメになってないでしょう?先生に言ってもいいのよ」

「だってぇ、わかってもらえないかもしれないじゃん。」

これが本音だと思った。自分の気持ちを伝えて、先生は受け止めてくれるか、不安なのだ。

だけど、この子にとって、自分の気持ちを言葉にして他者に伝える経験を積んでいくことが、大切だと思う。

たとえ、自分の期待する答えをもらえなかったとしても、わかり合えなくても、壊れない関係性も存在するのだということを体験すること、それが癒しとなっていくだろう。

医療者として心の境界線を守りながらも、信じられる大人もいるんだ、と子どもたちが実感できるようにするために、私はいつも誠実でなければならないと思っている。

ここの子どもたちの心は、より繊細で、傷つきやすい。

建前や、その場限りの優しい言葉や、ごまかしなど、通用しない。

いつも真剣。だから、疲れる日もある。

夜勤明け、帰ろうとすると、子どもたちが廊下に座っている。

「大好きだよーー!好き、好きぃーーー!!」

「ギャハハ!また来てねーぇ!」

「ラブ、ラブぅ。」指でハートを作っている。

私が担当しているおとなしい女の子は、何も言わず、でもニコニコと笑顔で私を見ている。

「うふふ。ありがとう。」

こう?と私も指でハートマークを作ってみせる。ちょっと間違ってる。

「いい子でね、みんな、おりこうさんよ。」

少しおどけて、病棟を後にした。

表面上は、高校生によくあるテンション高めの女の子たちが騒いでいるように見える。でも、一職員にあんなふうに好きとかラブとか、普通は言わないよな、って思う。

あれは、私への愛情表現というよりは、安心したいよ。というメッセージなのかもしれないな、と思った。

大切な人から愛情を受け取ることができない子どもたち。

大好きだよ、って素直に伝えることに怯えている子どもたち。

私たちスタッフは家族ではないけれど、せめてここでは、素直に好意を伝えたら、ありがとうって受け取ってもらいたい。そして、自分はここにいていいんだな、って安心したい。そんな願いが込められたボールなのかな、と感じた朝だった。

📖精神科病棟で看護師として働く中での気づきや学びを、個人や施設が特定されないよう十分に配慮しながら綴っています

🌸このブログについて
私のブログでは、子育て卒業後の”自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。

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🌱癒しの窓辺シリーズ

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