※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。
先日、ベランダに出ていたら、市役所から放送が流れてきた。
78歳女性が、今朝から行方がわからなくなっています…お気づきの方は…
どこに行ってしまったのかしら…家族は心配しているだろうに。
78歳でたぶん認知症なのかな、いつまでもこうして自分をコントロールできるって思うことは、傲慢なのかもしれない、と思った。
そして少し苦笑い。こんなふうに考える人は私くらいかもしれない。
看護師をしていると、命について考えさせられることが多い。人生は有限なのだ、と実感する。
それは当たり前のことなんだけれど、どこかで見ないようにしている。自分はずっと元気でいられるって思いたい。
そして、もうひとつ、等しく訪れる「老いる」ということ。
今、介護しているこの人も、30年前はバリバリ働いていただろう。
自分に与えられた時間を考える時、有効に使わなくちゃ、という気持ちになるのである。
昨日、同僚と話していて、
「ええ!すごいね、走ってるの!自転車もやってるの!私、無理よー、自転車なんか、何年も乗ってない!笑」
と言っていた。時間貧乏になったからだよ、と言ったらポカンとしていた。
まだ早いって思うかもしれないけど、子育てが終わって、両親が元気でいてくれる、束の間の今を大切に過ごしたい、そして、未来の自分のために健康を貯金したい、そんな動機から始めたことなのだった。
今朝のニュースで若者の終活の話題を見て、驚いた。就活、じゃなくて?二度見。
震災の経験から、死を身近に感じる若者も多いという。
結婚する予定の人に、幸せだったよ、ありがとう、って遺書まで書いてしまうのは、ちょっとやりすぎじゃないかしら、結婚生活って体験してみないとわからないんだから…と少しクスッてしまったけど、まあ、いい。
君には、まだ時間がいっぱいあって、振り返る時間が少ない。
死がまだまだ遠くに感じられるからこそ、終活に心理的な距離を置いて取り組めるんじゃないかな、と思った。
年齢を重ねて、現実味を帯びてきた時、冷静に向き合える人は少ないのではないか?
だからこそ、若いうちから人生は有限なのだ、と知って生きることはとても大切なことだと思った。
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私のブログでは、子育て卒業後の”自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
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