※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。
7:16定刻通りあさま601号が大宮駅に滑り込んでくる。
素晴らしい快晴だ。
自由席は長蛇の列、やはり相棒K3を連れている時には、指定席に限る。
後方の荷物置き場がK3の指定席だ。
東京からやってきた新幹線は平日でもそこそこ混んでいる。パソコンを開いたビジネスマンがチラホラ見える。
おつかれさまです…
朝から、こうやってがんばっているお父さんを子どもたちは知っているかしら…
などと思ってしまう。
私の父は、販売の仕事だったからほとんどすれ違いの生活だった。日曜日にお父さんと一緒に出かける家族をみても、うらやましいと思わなかった。
生まれた時から、父は仕事で朝早く出かけ、夜遅くに帰ってくる人なのだ。
むしろ、当時は父がいない方が安心できた。
父は、朝、なぜか機嫌が悪く、黙って新聞を読みながらコーヒーを飲んでおり、バタートーストに塩を振るという、よくわからない食べ方をする。
そんな父に恐る恐る、おはようございます、と挨拶をする。
出かける時は、いってらっしゃい、と言わなくてはならないけれども、うむ、しか言わない。
重大な失態を犯した時は、母が
お父さんに言うからね、と言う。それが、1番怖いのだ…
別に、怒鳴られるわけでも、叩かれるわけでもない。
ただ、父の前に座り、ことの次第をものすごく緊張しながら、自分で説明をする。
算数で0点を取ってしまった、ごめんなさい。だけど、わからなくて、隣の子の答案を写した、とは言えなかった。
素直に言ったとしても、怒るような父ではない。静かに子どもの話を聞いて、そうか、とうなづいて、どうしてそんなことになったのか、を聞いてくれた。
父に話すと、不思議と自分の中で整理される感じがした。どうして、あんなことをしちゃったんだろう、やっぱり、、わからないからって人の答えを写しても意味なかったな。
小学3年生の時、筆事件が起こった。
書き初めに使う太筆を友達と買いに行く、とお小遣いをもらって文房具屋に行った。
母は多めのお金を持たせたと思う。
子どもには分不相応な書道家が使うような筆を勧められて、持ってきたお金を全部はたいて、2人は同じものを買って帰った。
お釣りもなく、そんな太筆を買ってきた私に、母が頭から怒った。
どうして、こんな高い筆を買ってきたの!!
だって!!
おじさんが、これがいいって言ったんだもの、
という言葉を飲み込んでしまった。
悪いことをしたわけじゃないのに、どうしてこんなに怒られるんだろう!!
いたたまれなくなって、2階に駆け上がって、自分の部屋に篭った。
絶対に、謝らないぞ…
しばらくして、トン、トン、と階段を上がってくる音が聞こえた。
現れたのは、なんと休みだった父だった。
どうしたんだい。
…。私、悪くないもん。
うん。
てるみちゃんと、こうわ堂行って、書き初めの筆をくださいって言ったの。
うん。
そうしたら、おじさんがこれがいいって。
持ってたお金で買えたから、2人で同じやつ買ってきたの…
今から思えば。
小学生が使うようなものじゃない。約束して持ってきたお金が二千円だと知って、この筆を売ったに違いない…
私は、無駄遣いをした、と頭ごなしに叱られたことに混乱していた。
父は、ただ、私の思いを聞いてくれた。
話すうちに、怒りはそのまま涙になっていた。その後のことは覚えていないけれども、筆は返品されることなく、高校生になるまで、使い続けた。
すごい筆だね、と言われるたび、ふと、この日のことが蘇る。
書き初めをしなくなった今でも、この筆はしまってある。
普段、口数の少ない少し怖い父。
でも、いざという時、必ず話を聞いてくれた体験は、父への深い信頼へと育っていった。
結婚式に読んだ両親への手紙は、父への分量の方が多かった、と母がやきもちを焼いていた。
この体験も、また、私の看護に反映している気がする。
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私のブログでは、子育て卒業後の”自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
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