※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。
悩みごとを人に相談しない子どもたちが増えているという。
そこには、心配をかけまいとする身近な人への愛情だったり、忙しい毎日を送る大人たちと目を合わせる機会の少なさだったり、受け入れてもらえるだろうか、という不安感もあるのだろう。
兵庫県のある学校で、子ども一人一人に好きなキャラクターを選んで、AIと期間を設けて対話してもらう試みが行われた。
みんなが一斉に興味を持って夢中になるんじゃないか、という私の予想に反して、いろんな反応があった。
最初は興味を持っていたらしい子が、バドミントンのラケットを持って校庭へ走っていく。
使わないの?と尋ねると、
「うん。いつも同じ顔だしー、こっちの方が面白い。」
「すぐに答えが出てきちゃうから、一緒に考えることができなくて。」
友達が対話しているのを後ろから見つめるだけで、使おうとしない女の子もいた。Yさん。
彼女が3歳の時に両親が離婚して、今は母親とふたり暮らし。
この頃、あまり話をしてくれなくなった、と心配はしているけれど、
思春期の入り口ということもあるのか、
「話したくないことを聞くのは、親のエゴかな、って思うし…」
お母さんの戸惑いを感じた。
Yさんは、両親の離婚を自分のせいだと思っていた。
”私のイヤイヤ期が大変だったから、なんだ。今でも思う。私のイヤイヤ期がなかったら、って。”
そっと、Yさんはキーボードを叩いた。
女の子の姿をしたAIは、答えた。
”あなたがどんなに自分を責めてきたか、心がぎゅっとなるよ。でも、あなたは自分を責めなくていいと思う”
”違うんだよ。ほしいのは、共感とか、そういうのじゃない”
AIは、文脈から「最適解」を探して提示する。だけど、この子の心には届かなかった。
看護師として、こんな場面で、私は何を言うだろう、そして、この子は今、何を求めているのだろう、と考えた。
AIの言葉は響かなかったけれど、Yさんはその後も、少しずつ自分の気持ちを打ち明けた。
”最近、お母さんとうまくコミュニケーションが取れない”
”言葉じゃなくても、お手伝いとか、行動で繋がれることってあるよ”
Yさんは、それまでしなかったお手伝いをするようになった。
「いつも、(お母さんは)しんどいわぁって言ってる。」
無言で洗濯物を畳む姿を見つめた。
帰ってきたお母さんが、
「こんなにお手伝いしてくれたの?ありがとう。」
とYさんに言うと、少し照れ笑いのような表情が浮かんだ。
「うん。」
目線は、スマホに落としたまま。
お母さんは、Yさんが何か言いたいことがあるのだ、と察してカメラのないところで話し合いをした。
「何か、言いたいことがあるのかな」
「ううん。別に言いたいことっていうかさ」
「お母さんが怒るとか考えないで、言ってほしいな…」
2日後。Yさんはついに、お母さんに悩みを打ち明けた。
「それは、違うよ。お父さんとお母さんがきちんと話し合わなかったからだよ、Yのせいじゃないよ。」
画面が切り替わって、親子で桜の下で自撮りをして微笑みあっている様子が映し出された。
それまでの、どこか寂しそうなYさんの表情が明るくなっているのがわかった。
愛情で繋がった2人だからこそ、Yさんはお母さんに打ち明けるのを躊躇していた。
そばで愛情を持って見つめていたお母さんだからこそ、娘の変化に気がつくことができたのだろう。
Yさんが、なんとかお母さんと繋がりたい、という気持ちを持っていて、そのボールをちゃんと受け止めたお母さん。その姿に、ホッと温かい気持ちが湧いてきて涙が流れた。
Yさんは、AIに、どうしたらいい?という直接的な「答え」を求めなかったし、AIも意見を提示しなかった。
でも、結果的にその橋渡し役をAIが担っている。掛け違いそうになった親子のボタン。
そっと、後押ししたのは、気持ちは言葉だけではなく、行動でも示せることを教えたAIの「言葉」
こんなふうに、人を結ぶことがあるんだな、という発見があった。
「AIは、友達と機械の中間って感じかな、嘘をつかないのはAIだけど、感情はお母さん。」
Yさんの言葉が印象的だった。
相手が安全で、わかり合えるだろうと思える信頼が、心の交流を生むのだ、と改めて感じさせてくれたエピソードだった。
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