【私の再出発ノート】広い看護の海で|今だからわかる看護の視点

※この記事では、看護学校時代の体験や再出発の歩みを通して、学びや心の変化について綴っています。

同僚の正看護師への挑戦を聞いて、看護学生時代を思い出しました。

患者さんから情報をもらって、この人には何が足りないのかを探す。看護理論を使って、分析して、看護計画を立てる。

そして、明日の看護実施を計画して持っていく。

これが本当に、苦手だったなぁ…

何が足りないの、どうしてなの、何をすればいいの。

まるで広い海の中をあてもなく小さな貝殻を探すような。

ループにハマって、一睡もできない日もありましたっけね…

今もお悩みの学生さん、いらっしゃるでしょうね。

頭のいい友達は、実習の終わりに先生に振り返りをして、明日はこうしようと思います!と言っていたのを見て、ええ!明日のことまで考えてるの!信じられない。と思ったものです。

私は自転車操業でしたから…笑

不器用ながら、この流れを守って看護計画を練る毎日は、今の私の看護を形作る、土台となっています。

しかし、今振り返ると、もう少し工夫すれば眠れたのに…と思うことがあります。

冷静に考えてみると、資格のない看護学生ができる援助は限られています。

正規の、分析から実施計画を導き出す方法を逆にして、何ができるか、を決めて、そこから、理論につなげて積み上げていく方法も、あったと。

そうすれば、海から貝殻ではなくて、選択肢を狭めて考えることができるのです。

当時の私は、病院という場所、実際の患者さん、そして先生の目に緊張しっぱなしで、視野がとっても狭くなっていました。

とにかく、病気にフォーカスしすぎていて、患者さん自身をみることができなかったから、個別性のある看護計画、実施がわからなかったのです。

もちろん、疾患の理解は必要なことです。

しかし、看護は病気を治すことではなくて、その人を理解しようと努力をし、持っている治癒力を高めるために何ができるか、という視点を見失っていた。

必死に病気を調べ、薬や検査結果を調べても、何をしたらいいの。私には何もできない、となっていました。

病を得た、「その人」を見る。

同じ病気を抱えている人はたくさんいる。だけど、その人と同じ人はいない。

病気でどこが一番つらいのか、何が心配で、何を望んでいるのか。

そして、どんな人生を歩んできた方なのか、何を大切に生きている方なのか。

集めた情報に対して、できることは限られている。

その中から選んで援助を決めたらいい。

清拭にしろ、病院で提供できる援助は限定的なもの。丁寧に、その方を思いながら、観察や傾聴を重ねて行う清拭は、きっと患者さんの心に届くだろう。

悩みながら進む実習も大切、でも、少しコツを掴んで、休息を取るのも、大切なこと。

みなさん、頑張って下さいね。応援しています。

▶ 悩んで、迷って、それでも逃げずに向き合った実習の日々。ど根性で乗り切ったあの頃の記録はこちら。
昭和のド根性看護実習で学んだ「人を看るということ」

 

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子育て卒業後の“自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
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🩺 カテゴリー:看護学校体験記「私の再出発ノート」シリーズ

40代で看護学校に通い、看護師として再出発するまでの実体験をまとめています。
迷いや不安を抱えながらも、一歩を踏み出す勇気を描いたシリーズです。

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