※この記事では、家族との日常の中で感じた成長や想いを綴っています。
娘は私に似て、小柄。背の順に並ぶときは先頭か、2番目。
小学校が子どもの足で50分もかかるところだったので、人攫いに遭わないか、と本気で心配していた。
小脇に抱えれば、そのまま連れて行かれてしまいそうな小ささだった。
今から思うと、少し神経質だったかもしれない。
公共のトイレに1人で行かないように、とか、友達と帰ってくるように、とか言って聞かせていた。
そんなある日、友達は帰ってきているのに、娘が帰ってこない日があった。どうしたのかしら、とそわそわして近くまで探しに行った。子供の足で、小学校から50分の距離。
刻一刻と時間は過ぎて、陽が傾き始めている。
泣きたい気持ちになってきた。
と、小さな娘がニコニコと1人で歩いてくるのが見えた。
「おかあさーん!!」
不安が高まって、安心したら少しプリプリした気持ちになった。
「どうしたの?心配したよ、どうして1人で遅くなっちゃったの?」
「これ。お母さんに。きれいだったから、摘んできた。」
小さな手に、野の花が数本握られていた。
まっすぐな瞳が、私を見上げていた。私のために、1人で花を摘んで長いこの道を歩いてきてくれたんだ、とわかった時、いろんな感情が込み上げてきた。
「ありがとう。そうだったのね、ありがとう、とってもきれいだね。さぁ、一緒に帰ろう。」
「うん!」
私の喜んだ顔を見て、娘も満足そうに微笑んで手を伸ばしてきた。
家までの帰り道、どこで見つけたとか、学校の出来事とか、いろんな話をした。
お母さんになるって、本当に素晴らしいことなんだな。
心の奥からじんわりと湧いてくる。
子どもは、無償の愛を教えてくれる。ただ、私を喜ばせたいと思って、小さな花束を作ってくれた。その純粋な愛に勝るものなど、この世にあるんだろうか。
少し、オーバーな表現だけど、それぐらい感動的なできごとだった。
この子のためだったら、なんだってできる。
この子が生まれたあの朝に降りてきた言葉が、再び私の心に満ちていくのを感じた。
毎年、野原が一斉に花で埋め尽くされる季節が巡ってくると思い出す、ほろ苦く、温かい記憶。
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