のびちゃん! 遊んでばっかりいないで、勉強しなさい!!
今日もママの怒った声が追いかけてくる。お馴染みの ドラえもん の一コマ。
私は少しひねくれ者なので、どうして遊んじゃいけないのかな? とか、勉強しなさいって言ってるけど、お買い物頼んだりするよな、このママ。
……と、子どもの頃、ぼんやりそんなことを考えていた。
現代だったら、ゲームしないで空き地で野球をする少年。いいじゃないか、ってなるかもしれない。笑
教え子の問い
私が大学生の頃、塾講師のアルバイトを1年やったことがあった。
教え子は中学1年生の男女4人。小さな塾の立ち上げ期だった。
4つの机を並べて、生徒たちが私の話を聞いている。
左端に座る、ぽちゃっとした幼さの残る男の子は、いつもつまらなそうな顔をして、姿勢もだらけている。
そして、
「ねぇ、先生。なんで勉強なんかしなくちゃいけないの。」
と私に言った。
え?
私はそれまで、そんなことを考えたことがなかった。
「俺は、寝て暮らすから、勉強なんかしなくてもいいんだ。」
中学生になったばかりの幼い考えではあるけれど、深い問いだな、と思った。
彼は、周りの大人から勉強しなさい、と叱られて、この学習塾に入れられた。
けれど、勉強することに意味を見出せなくて、この素朴な質問を私にしたのだった。
なんとなく、周りは勉強している。
だから、やったほうがいいのかもしれない、と迷っているから渋々、塾には来て、座っているのだ。
私はなんて答えただろうか。
素直に、私は勉強をする意味を考えたことがなかったな、と言った。
でも、彼を納得させるような言葉は出てこなかった。
彼は今、どうしているだろうか。
映画の中の答え
その後、私はたまたまテレビで放映されていた、たそがれ清兵衛 を見た。
真田広之 さんが下級武士を演じていて、娘2人と認知症の母を抱えながら、質素な暮らしをしている物語。
チロチロと火がついた薄暗い炉端で聞いた、清兵衛の言葉が印象的だった。
女だから学ばなくていい、ということはない。
学ぶことで、自分で物事を考え、判断できるようになるのだ……。
学ぶということの本質を見たような気がした。
学ぶことは、生きる力になる
私たちは、誰もが義務教育を受けることができる幸福な時代に生きている。
だから、学ぶことの意味を考えたことがなかった。
学校へ行って、学ぶことが「当たり前のこと」になっていた。
自分の力で考えて決めたい、と思っても、軸がなければ判断することができない。
知識を得ること。
それはこの社会で「生き抜いていく」強力な武器となり、自分を守る盾にもなるだろう。
祖母が、勉強したかった、と渇望していた理由も腑に落ちた。
いろんなことを知って、もっと自由に、選択権を持って生きていきたい。
それは、私が看護師を目指した時に湧いてきた活力でもあったのだ。
すべてが繋がった今、当時の教え子のことがふと思い浮かんだのだった。
彼は、本質を見いだす機会に恵まれただろうか。
今、私が思うこと
私はこの映画を見た時から、「勉強すること」に対する考え方が少し変わった。
ただ机に向かって、テストで点数を取るためだけにすることではない。
先人の知恵の宝庫である本を読むこと。
映画を見ること。
人の話を熱心に聞くこと。
生活のすべてに耳を傾けながら、素直に吸収しようとすること。
そんな姿勢が、自由で豊かな人生を形作っていく。
私は、そう思っている。
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