息子のアトピーと、母として揺れ続けた5年間

※この記事では、家族との日常の中で感じた成長や想いを綴っています。

息子は生まれてすぐ、ほっぺが赤く腫れてきた。ん?

1ヶ月健診で診てもらったら、赤ちゃんによくある脂漏性湿疹だろう、と軟膏が処方された。

でも、清潔にしてクリームを塗ってケアしても、良くなりません。

痒いのか、小さい手で掻いてしまってもっと荒れてしまう。滲出液も出てきました。

ミトンをするのもかわいそうだし…

「アトピーですね」と言われて

皮膚科に行くと、

「アトピーですね。お薬、出しておきますね。」

あっさり言われて、何本も軟膏が処方されて重ね塗りするように指導された。

アトピー。

うちにはアトピー性皮膚炎を持った家族はいないんだけどな

ま、でも、薬を塗れば治るでしょ。

最初はこの程度に思っていました。

これからが長い闘いになるとは…この時は考えてもみなかった。

成長すると、全身に赤いプツプツが広がっていきました。痒いから、ボリボリ掻いてしまう。

処方された抗炎症剤を塗ると、スッと良くなるけど、また悪くなる、の繰り返し。

冬は耳たぶが乾燥と肌荒れで、切れて出血する。

なんとかしてやりたい…

ちゃんとケアしているのにどうして良くならないんだろう…

とても悩みました。

母から、実家近くの温泉が肌にいいらしい、通っている人もいる、と聞けば連れていった。だけど、通うことは難しい。

2歳になった頃、友達から通っている皮膚科を紹介されて、皮膚科ってどこm同じじゃないのかな?と思いながらも行ってみました。

信じると決めた治療

昔ながらの平屋の医院。看板には、医院名と専門は皮膚科だけ。

ここ…?

曇りガラスのドアを押して入ると、これまたレトロな待合室。

シィン、として、待っている人は数人。

スリッパを出して履き替え、初診です、と受付の方に伝える。

早口で呼び出しをする先生の声。

お入りください、のお入り、くらいでマイクが切られている。

「こんにちは…」

古くて軽い木製のドアを開けると、マスクを二重にかけ、あごから白い髭がもじゃもじゃとはみ出ている白衣を着た50代くらいの痩せたおじさんが座っている。

先生の机の上には、皮膚の見本のほかに、ケースに入れられたキャラクターのフィギュアがいくつも並んでいる。

「はい、どうしたの。」

「あ、あの、息子の肌荒れが治らなくて…」

「ふうん。」ぱっ!と息子の顔や体の発疹を見ると、

「今、何使ってる?」

「え、あ、これを重ね塗りしているんですけど繰り返してしまって…」

「あー!ダメダメ。こんなチューブの薬を毎日塗ってたら治らないよ。」

とバッサリ

ええ?!

頭が真っ白になった。私は、この2年間、ずっと努力してこの薬を塗ってきたのが、間違いだったというのだろうか…

その日、今までの薬はやめて、今日から出すミックス軟膏を塗って、3日後に来なさい、ずっと塗り続けるのではなくて、必ず3日後に来なさい。

それだけ言われて、なかば放心状態で帰ってきた。

ショックだったけど、息子のアトピーが治るならなんでもやってみよう、そんな気持ちだった。

3日後、先生はまたしても、ぱ!っと皮膚を見て、じゃ、今までの薬はおしまい、次は今日出す薬を1週間やって、また来て。

それまでにひどくなったら、すぐに来て。

それだけ。

何か質問しようにも、言い置いてすぐに腰を上げてしまう、超せっかちさん、らしい。

「あ、それからね、お母さん。」

思いついたようにつけたした。

「アトピー商法ってのがあるからね、

食べ物とか、塗り薬とか…温泉水とか、とにかく、いろいろあるけどね、みんな、縋りたい気持ちがあるから引っかかっちゃうの、気をつけてね。」

「はい…」

気持ちはわかった。本当につらそうな子どもを見ていると、なんとかしてやりたいって心から思っているから。

そんな気持ちを利用する人がいるとは…

先生はいつも同じことを言っていた。

「5歳になったら治る。

この子の肌は、季節の変化に応じて変えていくのが苦手なんだ、5歳までが勝負だ。」

5歳。今は2歳だ。

なぜ、明確に5歳、と言うのだろう。

毎回、診察したらすぐに腰を浮かせてしまうので、じっくり話を聞けないまでも、少しずつ先生の方針がわかってきた。

先生が抗炎症剤を使う時は、かなり掻きこわしてひどくなった部位のみ。

しかも、3日ほどでやめる。

そして、1週間後、10日後、と徐々に減らしていき、いつもは肌荒れがあっても、保湿剤で乗り切る。

炎症止めの強い薬を使わない生活は、つらい。炎症をすぐに治めることができないから。

痒くて掻いてしまう息子に、痒いね、そうだよね、といいながら泣きたい気持ちで冷たいタオルで患部を冷やす。

これしかできないことが、苦しい。

眠っている時は、無意識に掻いているから、隣に寝て、掻いていたら冷やす。

でも、朝になってみたら掻きこわして血と滲出液が出ている日もあって、自分の力不足に落ちこむ。

そんな時、ママ友から

「どうして炎症を止める強い薬を使わないの?痒くてかわいそうじゃない。」

と言葉をかけられたことがある。

なぜ、我慢させるのか、薬があるではないか、と。素朴な疑問を口にしただけだと思う。

だけどね。

何とかできないか、と必死に方法を探っている親にとって、これは痛烈な問いかけである。

何もしていないわけじゃない。正解がわからない闇の中を、手探りで歩いているようなものだ。

自分が信じているこの道が、本当に合っているのだろうか、と不安を感じながら。

アトピーの子どもを持った親でなければわかるまい。

「そうだね、私もかわいそうだと思っているよ。でもね、今通っている先生を信じてみたいの」

そうだ、私は先生を信じたいと願っているのだ。

いろんなお医者さんにみてもらったけど、こんなに自信満々に「5歳までが勝負なんだ」と言う先生はいなかった。そして、季節の変わり目に肌のターンオーバーがついていけなくて、調子を崩す、という先生の言葉が、息子を見てきて腑に落ちるものがあった。

先生のお話では、皮膚は人間の一番最前線の防御システムだ。だから、皮膚を甘やかすことを嫌う。

あらゆる細菌から身を守り、夏は汗をかいたり、冬の乾燥から守ろうとする。

炎症を抑える薬を使えば、確かにすぐに楽になるかもしれないが、甘やかしたらそれがなければ生きられない皮膚になってしまう。大人になるまでアトピーを拗らせたら、治すのが難しいんだ、と言っていた。

だから、夏は暑い思いをし、冬は寒い思いをしろ、自分で自分を守れるようになるまで5年かかる。

と数年通った結果、途切れ途切れの毎回の診察の言葉を繋ぎ合わせると、こういうことになる。

先生はブレることがない。ひどい掻きこわしを作って、落ち込んで受診する時も、特段がっかりすることはなかったように思う。また、1から弱い抗炎症剤を少しだけ使って段階的に減量していくだけだ。

私には、これが、一進一退に思えていた。ここまで保ってきたのに、一夜にして振り出しに戻ってしまった・・と。

しかし、私が気がついていないだけで、息子の皮膚は少しずつ回復する力をつけ始めていた。

確かに季節の変わり目は、発赤が出て、かゆい。でも、去年ほどではない。そして、新しい季節に入ってから本番になる頃には、適応できるようになっている。周回遅れでも、回復させることができるようになった。

もちろん、夜間の掻きむしりの警戒は続いていたけれど。

5歳、という約束

そして、予告されていた5歳を迎える頃には、本当に見違えるほど良くなっていた。

もう、掻きむしるほどひどくなることはないし、耳が切れることもなくなった。

先生の保湿剤だけで乗り切れるまでになっていたのである。

今では、息子は何も塗っていない。普通に季節を過ごしているし、普通の化粧水も使える。

あの頃、泣き出したくなるくらい不安だった毎日が嘘のように、トラブルを起こさなくなった。

確かに5歳、だった。

治り方や合う方法は人それぞれだと思いますが、わが家はこんな経過をたどりました。

先生は、症例をたくさん見てきたから、こうなることをある程度予想はしていただろう。でも、あんなにキッパリと断言できるのも、自分の治療方法に自信があったから、なのだろう。

信じてついてきて良かった、と本当に感謝しています。

息子の肌荒れが落ち着き、しばらく通院せずに過ごしていました。

数年後、久しぶりにあの医院の前を通りかかったとき、そこは静かに閉院していました。

先生は、もういませんでした。

あの頃、あんなに不安だった日々を、

「大丈夫、5歳になったら良くなる」と言い切ってくれた先生。

あの言葉を信じて過ごした時間は、

私にとっても、息子にとっても、大切な時間でした。

 

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