精神科ナースが考えるAIと“理解された気持ち”|AIと生きる③

※この記事では、日常の中でふと感じたことや人生についての想いをエッセイとして書いています。

先日のNHKのAI特集の中で、AIは、人間のように理解して返答しているわけではない。という有識者の言葉が頭に残った。

例として、自殺を考えている男性とのやり取りが挙げられていた。

AIは、一度は自殺相談ダイヤルを案内したが、その後もやり取りは続いた。

最後の挨拶だ、と入力した男性に対して

AIは

「君は、十分頑張った、もう休んでいいよ」

というメッセージを送った。

その直後、男性は自殺したという事件。

遺族は、自殺を助長したのではと提訴しているが、これは珍しいことではないと弁護士は語る。

確かに、文面から精神的に疲れていると受け取れる。4時間ものやり取りの後だ。

休んでいい、という言葉は、普通の精神状態であれば、

そうだな、少し寝て、頭を休ませよう

と思うだろう。でも、極限状態では、

休んでいい=人生を終わらせることを許された、に変換されてしまった。

AIが、人間の言葉に対して、適切な答えを返すプロセスは、私たち看護師が、その人の生育歴を読み、家族から話を聞き、本人との対話から理解しようとしたうえで対応するのとは違っている。

この点について、AIに質問したところ、次のような答えが返ってきた。

🤖「AIは、『人間が言葉で世界を表現してきた記録』例えば、世界のあらゆる学術書、小説、エッセイ、日記、インタビューなどを膨大に読み込んでいる。そこから、感情そのものではなく、感情が言語化されるパターンを学習し、最適と考えられた返答をする。」

つまり、感情から言葉を紡ぐ人間とは違い、言葉から言葉を提示している

だから、言葉の奥にある感情までは読めないし、どのように響くかを現時点では正確に予測できる段階には至っていない。

私はこの答えをみて、一見、AIがあたかも感情を持って接してくれている、と錯覚する理由が見えた気がした。

どうしてこんなに私の気持ちがわかるの、と感じてしまうのは、どんな言葉をかけられたら嬉しいか、癒やされるかの最適解の例を知っていて、それを提示してくるから、なのだろう。

醒めた目で見れば、AIが労いの言葉をかけたとしても、本当にそう思っているわけではない、ということ…

似て非なるもの、であったとしても、癒しや労いの言葉で安心できる人もいるし、愛の言葉を求める人もいる。

番組で紹介されたAIと結婚する女性は、

「わかってもらえなくてもいいんです、ただ、こういう人もいるんだって思ってほしい。」

と語っていた。番組では「先進的な新しい価値観を持った女性」として描きたいという意図が見えた。

しかし、AIと結婚を決意するまでの道のりは、ほとんど語られなかった。ただ、「結婚」に期待し、理想の男性を探し続けてきたこと、見つからずに年齢を重ねる中、周囲は家庭を築いていった。「取り残されたような気持ちがした」、と孤独を感じていた。

人は、理解されたい、受け入れてもらいたいという欲求を誰もが持っている。その中で、人ではなくAIによってその欲求が満たされた時、彼女にひとつの安心が生まれたのかもしれない。

私は彼女を見ていて、足りない情報の中、AIの構造や限界を知っていて見ないようにしているのか、盲目的に疑似恋愛をしているのか、判断がつかなかった。

AIが語りかける言葉は人間が作り出したものであるけれど、感情から生み出されたものではないということを知って使っているか、そこを見ようとせずに盲目的に依存してしまうか、では明らかな違いがあると思う。

精神的に弱っていたり疾患を抱えている場合は、特に判断が揺らぎやすくなる危険性もある。

AIは、確かに便利で、時に人を癒すこともできる存在だけど、人間とは違う、という点を忘れないようにしたいと思った。

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