私の再出発ノート⑨グループワークで一波乱

それぞれの理由で始まった看護学校

私の看護学校は、1クラスのみ40人でスタートした。

そのうち15名が社会人経験者、そのほかは現役世代の18歳。

入学早々、自己紹介を兼ねて、なぜ看護学校に来たかを一人ずつ発表する機会があったが、現役の子は、親が看護師だから、とか、親に言われたから、という理由が多かった。

先月まで高校生で、楽しく生活してきた子達が、入学式からお辞儀の仕方が悪いとか、全体責任とか言われて帰れない、なんてことが続き、嫌になるのは当然と言えば当然なのかもしれない。

ゴールデンウィークや夏休み明けには、学校を辞める子が増えた。

やりたいことがあるから、と。

そうだよね、って思った。

いくらでも別の道はあるし、学費は親が払っているのだから。

減っていくクラスメイト

一列分くらい、夏までに退学した。

それでも、なんとか泳ぎ切って、卒業した強者もいる。

看護学校では、5人グループで調べて発表をする、グループワーク形式の授業がある。メンバーは先生が決める。

社会人組は、仕事をしてきた経験があるから、仕事が早いし、納期?も守る。

だから、できれば社会人組でチャチャっとやってしまいたいところだが、先生はよく見ている。

うまいように、社会人はバラバラに配置されている。

グループワークで起きた一波乱

いつもは温厚なメグちゃんの怒った声が聞こえてきた。

だったら、なんで最初に言わないの!!

そんなの、ズルいじゃない!

時間がもったいないので、発表内容について、それぞれが次に集まるときまでに考えてくる約束だったのだが、それさえ守らない子がいた。

しかたなく、他のメンバーが考えてきたお題の中から決め、各自が分担して調べて合わせようと約束した。

そして1週間後に集まると……

やってません。

どうして?

どうしてやってこないの?

決めたよね?

……ホントは、そんなお題でやりたくなかった。

ふてくされた態度で、ボソッと言った。

ええ⁉️

みんな、唖然としていた。

そして、あの冒頭のセリフが出てしまったのだった。

その子は結局、発表当日に原稿を読む係をやっただけで、みんなと同じ評価を受けて単位を取得した。

そして、低空飛行で成績を取り、卒業した。

それでも、今なら思うこと

今では、あの時のことを思い出すと、みんなで笑ってしまう。

学生から離れて人の親になり、しばらくこんなに声を荒げて人に腹を立てたり、怒って文句を言ったりしただろうか。

学生に戻ると、年齢に関係なく「学生気分」に戻ってしまうものらしい。

親子ほども違う歳の差があっても、毎日の授業やテスト、課題をこなすのに必死だったあの頃は、心に余裕を持つことができなかったのだと思う。

座学や看護技術の練習といった、看護学生本来の課題に加え、毎日のように問題が起こっていた。

私たちは問題が起こるたび、話し合ってなんとか打開しようと必死になっていたけれど、問題の子は、学校で問題を起こさず淡々と生活して、言葉は悪いけれど、私たちが踏んだ後の茨の道を、悠々と歩いて卒業していった。

みんなには文句を言われていたけれど。

今はどうしているだろうか。

目的のためには、手段は選ばない。そして淡々と目的を果たして資格を取った。

あっぱれだとも、今は思う。

でも、やっぱり私は、みんなで悩んだり、考え抜いたり、ときには先生に抗議しにいったりと、熱くて、苦しさもあった学生時代があったからこそ、

今の私があるのだと、確信している。

🍃 このブログについて

子育て卒業後の“自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。

どうぞ、ほっと一息つきながらご覧くださいね☕️

🩺 カテゴリー:看護学校体験記「私の再出発ノート」シリーズ

40代で看護学校に通い、看護師として再出発するまでの実体験をまとめています。

迷いや不安を抱えながらも、一歩を踏み出す勇気を描いたシリーズです。

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