※この記事は「私の再出発ノート」シリーズの一編です。
わからないまま始まった実習
2年生の秋ごろから、看護学生はいよいよ実習が始まる。提携先の病院へ行き、実際に患者さんを受け持たせてもらう。
5名程度のグループに分かれ、基礎看護実習からスタート。
病院のほか、保育園、保健所、作業所、老人施設など、2週間単位でさまざまな場所へ、切れ目なく実習に赴く。
この短い期間に、患者さんのデータを集め、本人とのコミュニケーションの中から看護に必要な情報を拾い上げ、分析し、看護計画を毎日立てていかなければならない。
毎朝、病棟の指導者と先生の前で看護計画を発表し、まずは許可をもらうのが第一関門だ。
その後、現場で実施し、帰宅後は経過記録、分析、振り返り、翌日の立案。
こうして、エンドレスな実習生活が始まる。
私は、これがとにかく苦手だった。
今なら、もっと患者さん全体を俯瞰して見られたと思う。
けれど当時は、病気や怪我ばかりに目が向いてしまい、「何をすればいいのか、わからない」という迷路に、どっぷりハマっていた。
わからなさすぎて一睡もできず、重たい体を引きずるように実習へ向かった日もある。
「ちゃんと見てるの?」雷が落ちた日
回復期病棟で、3か月前に大腿骨を骨折し、手術を受けた方を担当したことがあった。
私は、大腿骨の手術内容や術後管理ばかりを必死に勉強していて、「今のその人」を見ようとしていなかった。
その結果、持っていった看護計画は、術後直後の患者さんの観察計画ばかり。
どんよりした顔で計画を提出した私に、先生の雷が落ちた。
先生は、こう言った。
「あんたね!あの人のこと、全然わかってないじゃない。ちゃんと見てるの!?」
私は必死に答えた。
「見てます。でも、わからないんです。何をしたらいいのか、わからない。だって、もう痛くないし、歩けるし。援助すること、ないじゃないですか」
すると先生は、さらに強い口調で返してきた。
「見てないでしょう!!わかってない。わかろうとしていない!」
しばらく、激しいやり取りが続いた。
そのときは気づかなかったが、先生は口調こそきついものの、諦めずにずっとヒントを出し続けてくれていたのだと思う。
何度目かの応酬のあと、ハタ、と何かが降りてきたような感覚があった。
あ、と思った。
その方は、回復期で痛みはほとんどない。高齢で、自宅に戻る予定の患者さんだった。しかし、術後の臥床による筋力低下があり、歩行器を使って、やっと歩ける状態だった。
そうか、と腑に落ちた。
私は恐る恐る口にした。
「今、必要なのは筋力回復のサポート。目標は、安全に自宅へ戻って生活できること、ですよね?」
先生は少し間を置いてから言った。
「やっと、わかったのね、アンタ……あー、疲れた」
私は思わず頭を下げた。
「すみません。ありがとうございます」
その瞬間、初めて「個別性のある看護計画」を立てる意味が、少しわかった気がした。
同じ疾患でも、患者さんは一人ひとり違う。
体力、年齢、回復力、家庭での役割、本人の思い。
挙げればきりがないほど、その人を形づくる要素は違っている。
それを踏まえて援助することに、看護の意味があるのだと思った。
以前、「看護はアートだ」と言われたことがある。
確かに看護は、患者さんと看護師、それぞれの個別性が影響し合って描かれるものなのかもしれない。
昭和のスポコンが残したもの
この厳しい先生は、正直に言えば、みんなからあまり好かれてはいなかった。
私たちは陰で、「ハリー」や「ハリちゃん」と呼んでいた。
ときには学生を激しく叱責し、「アンタなんか、向いてないわよ!今すぐ辞めなさい!」と怒鳴ることもあった。
それでも私は、どんなに厳しい言葉の裏にも、「わからせよう」とする熱意がある人だと感じていた。
たまに、「これは機嫌が悪いだけでは」と思うこともあったけれど。
私はこの先生と3回、実習で当たった。
後で聞いた話では、優しそうな後輩の男の子が、こんなことを言っていたそうだ。
「俺、一回も当たったことないんです。もし当たってたら、看護師になってなかったかもしれません」
考えてみると、私は昭和生まれで、しかも社会人経験者。先生に当たる比率が高かったのかもしれない。
一番、折れにくい人種だもの。
実際、「帰れ!」と言われて「帰りません!」と言い返したのも、昭和の女だった。
今は、こういうのは完全にNGだよね。
卒業後に聞いた話では、先生は学生の親御さんに強く訴えられて以来、あの怒号は聞かれなくなったという。
なんとも複雑で、少しだけ寂しい気もする。
時代遅れなのかもしれない。
それでも、褒めることだけでは務まらない仕事もある、と感じている私は、やっぱり昭和のド根性女なのだと思う。

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子育て卒業後の“自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
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🩺 カテゴリー:看護学校体験記「私の再出発ノート」シリーズ
40代で看護学校に通い、看護師として再出発するまでの実体験をまとめています。
迷いや不安を抱えながらも、一歩を踏み出す勇気を描いたシリーズです。
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