※この記事では、看護学校時代の体験や再出発の歩みを通して、学びや心の変化について綴っています。
看護学校入学が決まって喜んだのも束の間。入学式はどこか異様な空気が流れていた。
名前の順で市民ホールの席について、現役生はおしゃべりしていたようだったが、私は緊張しながら誰にも話しかけずに座っていた。
式典の前に「練習」と称して先生が舞台に立って、起立、礼、着席を何回も繰り返させられる。お辞儀の角度があっていない、頭を上げるタイミングがバラバラ、座る時が美しくない。なんとも注文が多い。
この歳になって、こんなことをやることになるとは…。内心ため息
教室は、ごく普通の椅子と机が並び、黒板がある。
週番が2名ずつ、名前の順で決められる。この「週番」がなかなか厄介なものなのだ。
毎朝、全員の体調を確認してホームルーム前に、必ず先生に報告をしなければならないし、授業が始まる前には先生に伺いを立て、必要なものを用意しなければならない。
また、問題が起きた日は、クラスの話し合いを仕切り、取りまとめた意見を先生に持っていって、だいたい叱られる…。
さらに、「日誌」というものがある。
出席者、欠席者、授業の時間割、の下にある、「所感」欄が問題。
今でも、仲間に会うと、「あー!あの所感ねー!」
となる。
「所感」って何よ。
から始まって、え?感想書けばいいでしょ、と適当に書こうものなら、
「やり直し!これは所感じゃありません!!」とこっぴどく叱られる。
そして、OKが出るまで帰れない。
所感と感想は違うそうで、こんな授業を受けました。面白かったです。じゃ、だめ。
辞書を引くと、「心に触れた出来事や、そこから得た考え。」
つまり、何を学び、どう活かしていくのかまで書かないといけない、らしい。
しかも、間違ってる方向だとNG。
当時はAIがなかったから、何回も提出して、叱られて、の繰り返しだった。
なんでこんなにこだわるのか、当時はよくわからなかった。ただの日誌じゃないのよ・・・
今から考えると、これも訓練の一部だったんだと思う。へぇ、そうなんだ。だけではなくて、知識を自分の中に落とし込んで、それを解釈して、自分の行動にどう繋げていくのか、というところまで考えなさい、ということだったのかもしれない。
先生はそこまで教えてくれなかったけれど。
何回もぶち当たっているとコツも見えてくる。
看護学校の授業は2種類ある。
内部の先生が教える、看護理論、看護技術
外部講師が教える解剖学や病理学。
内部の先生、つまり看護師が教えるものについて所感を書くと、わかっていない!!と雷が落ちる。
しかし、外部講師の先生の授業内容は、先生は見ていないから、通りやすい。
こうやって、コツを探りながら、自分の考えをまとめる訓練を知らず知らず積み重ねていた。
これは、実習記録では大きな武器になったし、臨床に出てからも、考える力は私を支えてくれた。
意味がわからなかった毎日が少しずつ看護師の土台作りになっていた。
これもまた、「教えない教育」の一つだったのかもしれない。
🍃 このブログについて
子育て卒業後の“自分らしい毎日”をテーマに、看護・家族・猫・ポタリングなど、日々の小さな挑戦と気づきを綴っています。
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🩺 カテゴリー:看護学校体験記「私の再出発ノート」シリーズ
40代で看護学校に通い、看護師として再出発するまでの実体験をまとめています。
迷いや不安を抱えながらも、一歩を踏み出す勇気を描いたシリーズです。
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