息子の巣立ちは3年前の春。
小さい頃から生き物が好きだった彼は、高校2年生の春に、突然
「理転したい」
と言い出した。
何が彼を動かしたのか、母の私にはわからない。
だけど、それまで理系が苦手だからと文系志望だったのが、海や魚の研究がしたいと思うようになったのは、やっぱり生物好きが心の底にあったのだろう。
塾と息子のぶつかり合い稽古!
大手の予備校は経済的に無理だったので、少人数制の小さな所を選んだ。
授業と自主学習の中間のような塾。
塾長と一対一で、受験校の選定や対策、勉強スケジュールを話し合うスタイルが彼には合っていたようだ。
塾長面接では、
「わからないとイライラしてきて、頭をかきむしっているよね。
消しゴムで今までの計算を全部消してしまう。
イライラしないようにすれば、もう少し伸びると思うんだけどね。」
とメンタル強化の話をしていた。珍しい塾だなぁ、と思った。
褒めるところは褒めるが、厳しいことも言う。
「おまえ、こんな問題も解けないようじゃ、合格なんて無理だぞ」
とはっきり言われて、女の子が泣いていたのを見たとか・・。
耳に心地いいことは言ってくれない。
変に商売気を出して「ここも狙えますよ」などとは言わない。
2人で現実を見て、厳しい検討を重ねていた。
ある日、息子も何か言われたらしく、
「もうやめる、行かない。電話しといてくれ。」
と言ってきたことがある。
「何があったか知らないけど、こんなやめ方は良くない。
やめるなら、自分でちゃんと先生と何が問題なのか、話をしてきなさい。」
と突っぱねると、渋々通っていた。
四国への旅立ち
共通テストを終えた後、息子が真剣な眼差しでこう言った。
「お母さん。俺、浪人する気力はないと思ってる。
共通テストの自己採点して、家から通える大学に合格する確率は五分五分。
それなら、今行ける大学に行きたいと思う。通えない所だけど、行ってもいいかな?」
進学に関して、諦めてほしいと親として言いたくないと思って、この時のために節約と貯金をしてきた。
「行きたいところに行っていいよ。」
「ありがとう」
こう言えて、よかったと思う。
こうして、息子は四国の大学へ進学を決めた。
志望の海洋学を勉強できるし、好きな釣りもし放題、自然豊かなキャンパスだ。
思ってたのと、ちがう見送り
3月末。桜満開の中、私の母と娘と私の3人で新幹線乗り場まで送ることにした。
息子は、バイト代で買ったロードバイクを担ぎ、キャリーケースを転がしながら駅に着くと、インバウンドの外国人や入学シーズンの移動客でごった返していた。
私は、駅に着いたらお弁当とお茶を買ってあげて、ホームで涙の出発をイメージしていた。
しかし。
現実はというと、お弁当を買う暇もなく、息子は改札を抜け、私たちは入場券を買おうとしたが長蛇の列で、一人分ずつしか買えない状況。
母が「この1枚で見送ってきて」とチケットをくれた。
急いでホームに行くと、息子がのんびりと指定席の列に並んでいた。
「自由席だよ!自由席!ああ、もう時間がなーい!」
自由席は先頭1から3両車。
ロードバイクを担ぎながらごった返すホームを走る。
「まだ、バーバたち来てないから、次の電車で行ってよ」
と頼むと、息子はあっさりと、
「俺はこれで行きたい。」
とさっさと乗り込み、あっという間にドアが閉まり。
こちらをチラッと見たかと思うと、サァーーーと新幹線は走りだした。
呆然と見送る新幹線。涙も出ない。
思ってたんと、ちがう・・・
気の抜けた調子で改札を出て、母たちに「出発した」と言うと
「ええーーー??」
娘は呆れて驚いていた。
「無事に着いた?」の電話
着いたら連絡してね、と言っておいたのに、夜になっても連絡がなく、ヤキモキして電話すると、疲れた声で
「着いたわー。遠かったー。乗り換えも時間なくてさ、何も食べてないんだよ」
と言っていた。
無事を確認できた安心感が広がって、ようやく、息子が気軽に帰って来れない遠いところに冒険に行ったんだな、という実感がじんわりと湧いてきた。
あっさり息子の背中に助けられた、のかな
息子にとっても、こんな長距離の一人旅は初めてだった。
「無事に着いてよかった。困ったことがあったら電話してね。
元気で、がんばってね。」
明るいさっぱりとした気持ちで送り出しの言葉を言えたのは、
あっさりと出発した息子のおかげだったのかもしれない。

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